この多様な現代にあって、結の社会で素朴な暮らしを護り続けるアーミッシュに惹かれ、
ここ数年、私はイリノイ、ペンシルバニア、オハイオ州と、機会を捉えては現地に足を運び
撮影をして来た。 が、昨年ここオハイオである一家と運命的な出会いをしたのだった。

その昔、同じく信仰の自由を求めヨーロッパからアメリカに移住したメノナイト、
ドイツ系バプテイスト、あるいはハテライトと云った宗派の隔たりなく、
聖書の信条を共にする魂の兄弟としての親密で堅い絆を保ちながら、
其々のアイデンテイテイと伝統や規範を護っている多くの人々を識った。

 

私は、西洋の宗教的な背景など皆無の、むしろ亡き祖父は住職と云う異邦人である。
その私を暖かく包み、かけがえのない機会を与えてくださるハリス夫妻と十人の子供達、
そしてペンシルバニアやインデイアナあるいはウイスコンシン州に及ぶ、
ご家族のご親戚やご友人の方々にも、心からの感謝を申し上げたい。

 

洗礼式の撮影をお許し頂いたジャーマン・バプテスト教会のミニスター、
同様にアーミッシュの日曜礼拝に参加させてくださったミニスターや皆様、
勿論一家の当主のお心遣いやお力添えがあればこそ。
そこかしこで心からのおもてなしに与る。
ハリス家の当主ご自身も、アーミッシュ、そして結婚を機にハテライト・コミュニテイへ、
そして、揺るぎない信仰はそのままに、より人間らしく生きる新たなユートピアを
ここオハイオに見出した。

 

宗派により衣服の違いはあるが、アーミッシュは電気や近代的な農耕器具を使わない以外、
私がかつてそうであったように、世間の人々が、その違いを明確に見分けるのは難しい。
一家の女性たちは、ハテライトの名残が色濃い襟付きのブラウスにロングドレスを着て、
時に、絵画の巨匠たちが描いた名画に登場するようなエプロンもつける。
けれども、少年たちの服装はアーミッシュそのものだ。

 

人々が親しく集いながら、共に賛美歌を歌うのを目の当たりにしていると、
宗派の違いは、単なる出身国によるもので大した意味はないようにさえ思えて来る。
敢えて一家は何なのかと尋ねられれば、誇らかにネオ・ハテライトと言おう。

 

あまりにも組織的で厳格な環境は、役割分担が決められていて、女性も集団就労をする為、
自らの子供の育児に携われないと云った葛藤も生じる。規定外のボタンひとつも許されない。
宗派を離れ、弁護士、医師、看護師、実業家として成功した人々も多く、
柔軟で寛容な心と深い信仰心はそのままに、全宗派に共通する生活用具や方式を保ちながら、
神と共にある、清しい日々を送っている。

 

〜朝の祈りと賛美歌に始まり、夕暮れの祈りと賛美歌に終わる日々〜
大平原の賛美歌は軽やかに進行中です。

 

 

 

 

hajimeni

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