三日間に及ぶ年に一度のジャーマン・バプテスト集会が、
オハイオの田舎町にあるバプテスト系シダービル大学で開催された。
よくある大学町と云う雰囲気はなく、むしろ生活圏が全く見えない静かな環境の中に、
唯一立派なキャンパスがぽつねんとあるといった感じだった。

 

大きなレクチャー・ルームは、二階席もほぼ埋まるほど盛況だった。
一家は二日間だったけれど、私は一日だけ参加した。
多くのミニスターの中のお一人のお話の中で、聖書についての解釈について、
『悟り』と仰ったのがとても印象に残った。
なぜなら、禅の思想もまた正にそれであり、
昔卒論の中で、自身のアイデンテイテイと作品の関連性について、
そのことに触れたことがあったから。

 

私たちは何のために生き、如何にあるべきか、そして幸福とは何なのか。
きっと私たちの人生は、それを求める旅であり、
無我の中でそれを得るまでの試練であるのかもしれない。

 

権力的な組織構造はなく、ミニスターと人々は親しく和やかに、
ひと時を分かち合っているようだった。
若者たちは楽しそうに賛美歌を斉唱し、
夕食を共にしながらの特別プログラムも用意されていた。

 

そんな光景を眺めながら、
信仰が繋ぐ団結の強さや肯定的な精神のあり方をひしひしと感じた。
特別な信仰心など持たない、典型的な曖昧な日本人の一人として、
私は、湯船に浸かりながら、静かに目を閉じその日の自分を省みるぐらいだ。

 

アメリカでは、どんな辺ぴな処にも、必ずや教会があるけれど、
アメリカ人の精神構造の支え、
その教会が持つ役割などが鮮やかに見えて来たような気がした。

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