家事暦

ペンシルバニアから来客があった。
来客然とすることなく、女性たちは実によく働く。
私はしばし、女主人レイチェルの鶏の瓶詰め作業を見学した。
一口サイズに切った鶏肉を真空パックの瓶詰めにし、
熱湯の塩水を注入し、圧力鍋に入れる。

 

地下の食品保存庫の棚には、季節の野菜や果物、肉類などが所狭しと並ぶのは、
宗派を問わず、共通した女性たちの聖域の形である。

 

作業の隣では、長女のヴィクトリアが、古いミシンを軽やかに踏んでいる。
ハリス家の十二歳以上の少女たちも、裁縫はお手の物だ。
そう云えば、裁縫が上手な私の母も、雑誌の写真を指差せば、
丁寧で気の利いたワンピースを作ってくれたものだった。
様々な動物のぬいぐるみも、綿や割り箸などを活用して
既製品顔負けの出来上がりだった。

 

十歳の夏、七夕会にと仕立てて貰ったワンピースが気にいらなくて、
あと二時間しかないと云うのに、我儘を言って
新しいものを作ってもらった記憶がある。
今思えば、何と横暴な要求であったかと恥ずかしい思いがするけれど、
母は愚痴一つこぼさずミシンを踏んでいた。

 

あれから随分長い人生を生きて、
我儘を言える時代は、本当に限られているのだと改めて思う。
そしてそれはオルゴールのように、年々音色を深める。

 

失われた懐かしい世界を、そこに見たような気がした。

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