結婚式のアルバムを作る前に、好きな言葉は何かと花嫁に尋ねた。
彼女はいくつか答えてくれたが、その中で私の心を捉えた聖書の言葉があった。
コリント人への第一の手紙の中の、
愛は寛容であり云々の節の『愛は恨みをいだかない』と言うフレーズだ。

人は誰もが弱く不完全であるから、自分を省みず人を非難する愚かさを戒める諺のように、
いつまでも人を責めてないけないと云う考えに同感だ。
残念ながら、なぜか己を省みることなく、
事象の全てを人のせいにする人がいるがとても哀しいことだ。

 

私は、言い訳をしない人が好きだ。
苦難にも負げず、愚痴一つこぼさず、
健気に己の道を切り開いている多くの若者を識っている。
授業料、卒業旅行、結婚式、新婚旅行、果ては新居の頭金と、
至れり尽くせりの甘やかされた日本の若者と違い
アメリカの若者に感服する。

 

殺人や強姦といった凶悪犯罪、子供や女性、お年寄りに対する精神的肉体的苦痛、
あるいは動物以下の人間性や倫理観の欠如等
そうした事柄を除き、私たちは人を裁くことは出来ないのではないだろうか。

 

私たちは思春期には、自分の長所や短所が見えてくる。
そして少しづつ努力を重ねる。
たとえ大失敗をしても、それは恥ずかしいことではない。
人間の本当の真価は、それを悔い改めるかどうかだと思う。
シェークスピアの『終われ良ければ全てよし』とは、きっとそう云うことなのだろう。

残念ながら、ありふれた愚かな凡人である私は、
美しい赤ワインのように年と共に円熟することもなく、
煩悩や心配事を背負ったまま、無我の境地の悟りには到達出来ないことだろう。
しかし、もし年齢を重ねる事の良い事悪い事を尋ねられたなら、
様々な経験や多くの人生に触れ、
より寛容に、あるいは想像力をもって人を思うことが出来るようになったこと、
人々との出会いは、如何に自分が多くの人々に生かされてここまで来たのか、
感謝の思いが深まることだと答えたい。

 

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